製氷皿をひねる

決定的な瞬間を見逃すな。あの子が、どんな顔でどんな声でどんな気持ちでどんなふうに。その一瞬のために冷え切った視界を準備し続けていて、それなのにあのか弱い肉体から発せられる匂い、顔は見えなくて、でも声で泣いているのがわかる。説得なんていう気…

水のような石

追われている。音もなく、混雑するプールから逃げるようにして。寂れた温泉施設のような、その土産売り場で、100円ずつの物語を見ていたかっただけなのに。ひたすら逃げ、壁を越え、すべてが焼き払われる。みんな死ねばいいのに。そんなことは思っていなかっ…

皆既食

この夜。この夜が心臓に立ちこめる愛しさを暴き出すこと、そのあとに、現実がひどくやさしく現れるこの夜に、温度なんて要らないものだろう。寂しいと思ったことなんて一度もなかった。なのに、胸のなかが空っぽで、この物足りなさは何なのだろう。苦しくて…

雨宮まみが死んだ

雨宮まみが死んだ。べつにぜんぜん読んでも追っても見ても慕ってもいなかったのに、ときどきインターネットのどこかで彼女の文章と出会うたびに「雨宮まみ」という現象がじぶんのなかで確固たるものになっていくのがわかった。雨宮まみが死んだらしい。ぜん…

河を渡る

その本の表紙を開くと貝殻が埋まっていて、その色は陶磁器のような青だった。それを取り出し、2枚の合わさった先端で紙を擦る。文字が浮かび上がってくる。「こんなに美しい筆記体を久しぶりに見た。」敬愛する作家はそう言っていた。霊体のコレクションだ。…

たまらない小説を読み終え、喫茶店の階段を降りる。外に出るともう秋だった。お釣が100円足りなかったことには気付かないふりをした。帰路、住宅街はひっそりとして、どこかから金木犀の匂がする。自転車を降りて、肺を膨らましながらひどくゆっくり歩いた。…

僕らの排卵日

生理予定日だ。バランスが崩れている。こういうときはすぐにおでこにニキビができてわかりやすい。現実的なことを、仕事を辞めたいことを、保険や年金のことを、パパとママが死んだあとのことを考えていると、どうしたらいいのかわからなくなる。お金のこと…

夜とコンクリート

酔いの醒めぬまま下着だけになって宛てのないメールを打っていると涙が出てきて、いつも逃してばかりでえらいことなんてひとつも言えないんだと思った。もう眩い世界のことなど見てはいないです。諦めきって溜息吐いてばかりいたら、かっこいいとか、それは…

アイビー

ときどき春が訪れる。こころのなかに、それは決して晴れやかなものとしてではなく、桜が散るようなあの不安さを携えながら。iPhoneを点けては消し、点けては消し、溜息を吐いては窓の外を見る。繰り返し聴き続けた音楽を、また今日も眠る前に流して、のこり…

夏の終わり

長い長い夏休みが終わる。遮光カーテンで区切られた外では唐突な土砂降り、エアコンの効いた暗くてつめたい部屋でアニメを見ることの幸せを痛いほど感じている。いつくもの物語を通り抜けて、それでも物語のなかに取り残されなくなったのは大人になった証拠…

螺旋階段

あなたは絶対にわたしのことを好きになる。わたしのほうを向いた男の子は、わたしの引力に忠実に、わたしにのめりこんでいくだろう。人に近づかない理由。それは、わたしがひとりでいられなくなること。砂鉄の入ったスライムみたいに、飲み込んでどんどんか…

不幸なこども

日曜日、撮り溜めてたアニメをぜんぶ見る。アマゾンから届いた漫画をぜんぶ読む。少し前なら考えられなかった。アニメを見ることや、漫画を読むこと、1日でこんなに多くの、芸術、みたいなものを、吸い込むこと。10代の頃は映画一本で精一杯だった。デッキに…

したごころを、君に

よく高校のことを思った夜だった。高校の風景。なんだったっけ。なんにも考えてなかったし服とか芸人のブログとかのことばっかり気にかけてたから大事な思い出ってあんまりない。せっかくの青春を、勿体無い、とか思わないところが薄情。その薄情さを反省す…

扁桃

疲れ切ってベッドの上でiPhoneをぼたぼた落としながらこれを書いている。それくらい愛しい夜だった。最高な友人たちと駅を終点に別れた帰り道、いくつもの言葉を思い出し、いくつもの言葉を忘却していった。数年前を覚えている意味はなんだろう。わたしにと…

みんな死ねばいいのに

7月ですね。上半期もなにもありませんでした。ほんとうに生きている意味がないので資本主義を恨む気力すら湧いてこない。やることといえば毎日楽な欲望を持つことくらいで9割のそれらは現実になってくれないし、休日に欲望を解消することでどうにか人生の辻…

因果律

日曜の昼までたっぷり惰眠を貪って、社会人から退化するために学生気分の変な服を着て外に出る。塞がりかけたピアスをブチ抜いて、それでも鞄の中に入っているのは日本経済新聞で、あんなに最悪な思想だと思ってた結婚のことばかり考えて、自分がどんどんし…

いのちの名前

すごくいい日の終わりに死にたいって思ってしまった試験が終わって陽が高くなる頃、神社で人を待っていたらいつのまにか6月になっていることを思い出した 緑が重たくなって空は青い、明るい空気を吸って喉が渇いた 季節が熱くなって、わたしに向かって手を振…

谷底

渋谷へ行くことはよくあるけど、どれも俯向くような記憶でうまく思い出せない。藤原新也の『渋谷』がわたしの手段で、駅では常に岐路に立たされる。落ち窪んだ谷間に駅があり、坂の頂上の向こうには何があるかわからない。谷底ではいつもだれかを待っていて…

こわいおもい

凄惨、っていうよりもっとしずかな、真空みたいな世界。砂漠を歩く。鞄に入ったまま背中に張り付いたやり残しのタスクが気になって、それ以外にも山ほど理由はあるのだけれど、ぜんぶのわるいこと、それを嫌悪でぐるぐるに縛ってしまって、ほんとはもっとわ…

400回の未遂

なんだか寝付けず具合の悪い起床をしたものの、旧友と会う約束を取り付けたので互いの近況報告とこれからのことを延々と話した。よく笑い、よく食べたのに、午後になると死にたいきもちが急激に襲ってきて、日曜日の笑点からの時間を思い出していた。家に帰…

雨の中の庭

初めて会った日もこんなふうに雨が降っていたと思う、書店の狭い通路、本にまみれてわたしたちはまた出会う。駅を出て、街の奥へと進んで、ジェラートを食べて、雨が晴れて、市場を歩いて、歌をうたって、その子は詩的でスノッブな恋をしている、スパークリ…

形而上学的・夜

夜の公園でブランコを揺すりながら、遠くにバスを何本も見送って、帰りそびれた鞄のなかで無塩バターが溶けていく。適当なお酒を買い、適当に煙草をのんで、適当にブランコを漕ぐ。夜に放り投げるイメージ。汚れた靴、ときどき星が見える。地面と空を行き来…

貝の火

春の破壊光線。相対的に地面の上に置かれる踵。風は鋭いのに体温は微睡んで、海から来た身体と出会う。靴の修理をしたい。新生活はどう?服を買いたい。仕事辞めて海外行きたいんだよねー。何年後かのはなしをしながら、ごはんを食べる。こいつは自分の性に…

夢ならもっと近かった。生きるのがつらすぎて1週間のはじめから花見のことを考えていて、お酒は飲まないからラムネがいいなーとか思っていたら青い瓶のサイダーを買ってきてくれた。炭酸が唾液と泳ぐ。どこにも届かない手紙を想像する。暗闇にぼうっとひかる…

悪夢ばかり見て夜が明けた。朝もひたすら雑に暮らし、誰でもいいから会いたいとインターネットに書き、雨が降り、風が吹き、それから人と会い、演劇を観に行きました。暗い暗い劇場から外へ出ると、それまでの嵐を引きずりながらも無理やり晴れましたみたい…

演劇的な都市で心地よく生活するっていうこと

灰色のホームに降り立って、遠くを思ってひたすら歩いた。地下鉄から流れる風が生温い。三軒茶屋にて、演劇的な、きわめて演劇的な舞台を観る。出さないアンケートに詩情をドバドバ吐き出して、鞄にしまった。お昼は300円で済ませる。路端に座り込んでもいい…

グラン・ギニョールの恋人

日曜の朝は既に月曜のことを考えて憂鬱で、起床後は明日のことを考える隙を与えないようにアニメを見まくってどうにか精神を保っている、わけでもなく、これは目を背けるという行為であるため罪悪感は増し増しで、どんどん泣けてきたところで助けが来た。ラ…

最適の日

目の前のことだけを今を生きていればいいとは言うものの、生憎人間に生まれてきてしまったからには考えないわけにもいかず、気の重い用事は午後になると尚更重たくなるので午前中に済まそうとしたら駅で友人に会いました。生きるのつらいねーという挨拶を交…