僕の夜

f:id:n_azel:20171231025153j:image

その人は一瞬にして夢を見る。バスの中、揺られ、広告。広告。広告。危ないですから、停車するのを待ってお立ちください。献血はこちらで受付しています。オリンピック。テロ対策。不審物を発見した場合は速やかに下記までご連絡ください。粉粒体で満員の車両、そのわずかな隙間に忘れられたような黒い袋。3、2、1、閃光、熱いひかり、焼けた匂い、咄嗟に翳した鞄のビニールが溶けて垂れ下がる。偽物の血と火傷。死臭から服を引き剥がすと、そこにはシーツよりも白い体躯がある。内臓の接合面として残されたケロイド。彼はそこへ口づけ、彼女は何も感じない。闇に灯る、その肌。蠢く発光体。体液の音。静かな夜。外には雪が降っている。兎が跳ねる。足跡を辿って、私はひとりの画家に会う。未来を占ってくれませんか。22枚の白紙を渡す。画家は無言で受け取る。丁寧に行われる儀式。私は祈る。画家は描く。他人に決定された記憶。私はきっと待ちすぎたのだろうと思う。目の前のカードをめくることができない。血液が凍る。力を入れる。指が折れる。さらさらと落ちていた砂時計が堰き止められる。ホッパーの出口で、肉はやがて腐り、骨は朽ち果て、再び砂は落ちる。私は捕虜だ。ウロボロスの硝子のなかでは、永遠に雪が降る。ここは安定した世界の果て。カセットは巻き戻り続け、日は落ちず、飛行機は常に不時着する。地獄で会おう。君が思い出したくないことすべて、溶かして、冷やして、ここに閉じ込めてあげるよ。神経と交換だ。私はそのうち何も感じない容器になる。真皮で覆われた繭。爆弾。不発弾。洗浄して返した心臓で無防備に生きればいい。口触りの悪い科白ばかり吐かないで。永遠に縫い付けた瞼の奥の暗闇の手触りを教えて。刃物はあげない。ふたりしてここでじっと遊んでいよう。