アイビー

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ときどき春が訪れる。こころのなかに、それは決して晴れやかなものとしてではなく、桜が散るようなあの不安さを携えながら。iPhoneを点けては消し、点けては消し、溜息を吐いては窓の外を見る。繰り返し聴き続けた音楽を、また今日も眠る前に流して、のこりの10秒、その終わる頃に微睡みから浮上する。ひどくたよりない。忘却しきってまるで知らなかったみたいなこの春を、音楽は貪欲に覚えていて見事に奪還する。止してください、もう通り過ぎたんですから。諦めきったような溜息を吐いては、まだムッとしている。わたしは誰かではない、わたしは誰でもない。わたしでもなく。この容れ物のなかにあるのはなんだろう。乾電池の中身みたいなもんか。自分の輪郭は重く、柔らかく、醜い。排卵日はいつのまにか始まり、いつのまにか終わる。しかしかけがえのないものではないものは、大人になるにつれ、いつのまにか終わるということが出来なくなっていく。けじめをつけなさい。やっぱり死ぬことはいちばん楽かもしれません。不幸の代価としてのお金。だがこの春には何の価値もない。ただ、そこにあるだけ。春。春のことは愛しているけれど、ひとりでいい。なんとなく始まるために。終わるために。そうして多分もうすぐ冬が来て、またほんとうの春を思い出すことになるんだろう。さよなら。はじめまして。後ろに誰かいないものか。